学長通信『則天去私』 President's Blog

No.31 ギリシャで思惟 2025年3月

「世間が必要としているものと、あなたの才能が交わっているところに天職がある」、「何かを学ぶとき、実際にそれを行なうことによって我々は学ぶ」、「徳とは、我々にとって中庸である行為を選択する態度である」(アリストテレス 前384年 – 前322年) 今から約2400年前に活躍した古代ギリシャの哲学者アリストテレスは既にこのように喝破しています。 「知の再武装」を行う場でもあるライフシフト大学で教鞭を執る者として、西洋文明における「知の探究」の草分け的存在である三大哲学者ソクラテス、プラトン、アリストテレスについて学びを深め、彼らを育んだギリシャ文明発祥の地の光と風、土と海を自分の五感で確かめたいという強い気持ちのもと、先月8日間かけてギリシャを北から南まで訪ね歩いてきました。 ギリシャという国、いや風土は想像していた以上に、おおらかでかつ逞しく、ギリシャ神話の登場人物同様、父性と母性に抱かれるような感覚を覚えました。 冬のギリシャの山々の山頂は真っ白な雪に覆われ、オリーブやピスタチオの木はいたるところに生い茂り、彫刻や建築物の元となった石灰岩や花崗岩を猛々しく露出させた岩山が大地からニョキニョキと聳え、エーゲ海の海は朝日に夕陽にキラキラと輝き、大自然と人間の営みが小さな国土の中にぎっしり詰まったところでした。
 そこには神々が降臨し、人間と自然を結びつける必然性が存在し、山と山、谷と谷を隔てた土地に各々独立したポリス・都市国家(昔は邑だったのでしょう)が生まれ、互いに異なる神を奉じつつ競い合う土壌があったのだろうと想像します。 そしてポリスの共通の重要理念が民主主義となったのです。
 今回の旅の前に私が読んだガイドブックは、アリストテレスの息子が編纂した父の思想の集大成である「二コマコス倫理学」、村上春樹のギリシャ・トルコの辺境紀行「雨天炎天」と小説「1Q84」でした。 「1Q84」の中で、村上春樹は登場人物に二コマコス倫理学から引用してこう語らせています 「あらゆる芸術、あらゆる希求、そしてまたあらゆる行動と探索は、何らかの善を目指していると考えられる。 それゆえに、物事が目指しているものから、善なるものを正しく規定することができる」 ライフシフトやキャリアデザインを実践する上で、最重要な点もこの点にあると私は考えます。 自らの「善」が何であり、どのような「真・善・美」を自分は人生で目指すのか、そのために何を選択し実践していくのかということを自分に問いかけ、腹落ちし、行動していくことに生きる意味、仕事をする意味があると思うのです。
 古代ギリシャから時は下り、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)時代から栄えたギリシャ正教の聖地アトス山の修道院巡りを過酷な環境下で行った村上春樹には及ぶべくもありませんが、今回の旅では、ギリシャ社会のもうひとつの精神的支柱である正教、即ち「オーソドックス」の背景を肌で感じることも旅の目的でした。 天上の神へと近づくべく標高600mの奇岩群の頂きに建つメテオラ修道院群を訪ねて感じたのは、日本の修験道との共通性です。 奈良の大峰山、加賀の白山、山形の出羽三山など、いずれも冬になると雪を戴く峻険な峯々に分け入り、死を賭す覚悟で自然と向き合い、その背後にある摂理と神性を体感し、獲得するという実践的姿が似ています。 ギリシャ正教はギリシャの険しい地形があったからこそ、オーソドックスに純化したものだということが良く理解ができました。 日本では修験道が密教の隆盛を支え、空海の天台密教にける最高の存在である阿闍梨(あじゃり)が、「真」を悟り、「実行する人」という意味を持つことも、日本とギリシャを繋ぐアナロジーと感じた次第です。
 旅の掉尾に中央ギリシャにあるデルフィを訪れました。 昔歴史で習った「デルフィの神託」の現場探索です!  神託が行われた古代ギリシャ世界最高の聖地であったアポロ神殿の列柱が今も残る中に佇むと、ピュティアと呼ばれる巫女が神懸かり(トランス)状態となり,予言の神アポロンの言葉を語った残像が目の前に浮かび上がってきました。 ピュティアはギリシャでは珍しく女性の役で、しかも高貴な家や神官の出自でなくても選ばれたという点は、日本の古代から存在した「憑依という超常現象を行う巫女」を髣髴させるものでもあります。 古くは邪馬台国の時代、そして現代でも青森・恐山のイタコに連なる「口寄せ系巫女」です。 過去と現在、そしてギリシャと日本の「時間」と「空間」が目まぐるしく交差する中、ふと横を見ると、神殿の近くには桜の花と見まがうばかりのアーモンドの花が淡いピンクの花びらを拡げていました。 「地球はひとつ、人類は皆兄弟」と言うことを実感する、時空を渡る旅でした。
※写真は、ソクラテス、プラトン、アリストテレスの三哲学者、メテオラの奇岩群、デルフィのアポロン神殿、アーモンドの花


(著者:藤田 英樹)