学長通信『則天去私』 President's Blog
No.19 粋(いき) 2024年3月
「梅は匂(にほ)いよ 木立(こだち)はいらぬ 人はこころよ 姿はいらぬ」 隆達小唄
(高三隆達(たかさぶ りゅうたつ)堺の僧 小唄・隆達節の創始者 1527~1611)
「花」と言えば、古来、中国では「桃」、日本では中世までは「花」と言えば「梅」、近世以降には「桜」と変遷してきた歴史があります。 どちらかと言えば、雅で高貴な風情のある桃や梅が、宮廷政治、王朝時代には似合っていましたが、武士の時代、とりわけ江戸期になると、咲いては 直ぐに散る桜が、「現世に執着せず、義のために命を捧げる」武士の生き方の象徴として、「花は桜木、人は武士」という言葉があるように、多くの人々から愛でられるようになっていったのです。 冒頭の歌は、そんな変遷期の室町時代終盤から江戸時代初めにかけての流行り歌の一節です。 ともすれば形式や儀式に生きた武士や貴族と異なり、既に庶民の間では、このように「人はこころよ」という本質を見事に突いた文句が流布しつつあったのです。
そんな日本の庶民のマインドは江戸期になると「粋(いき)」という感覚に結晶化していきます。 「伊達」「小粋」「洒脱」「乙」「小洒落た」「気さく」というような類語も同じ感覚です。 哲学者九鬼周造が昭和5年に著した『いきの構造』では、明治以来西洋文化一辺倒で日本に蔓延する「富国強兵/殖産興業」のマインドに対して、日本の独自性を「いき」に求め、媚態・意気地・諦めの三要素から解いています。 即ち“粋”とは「恰好良い色気(媚態)」、「心のまっすぐさ(意気地)」、「執着を脱した(諦め)」が絶妙にバランスし、なおかつ自由で人情味のある生き方を言うのです。 まさに言うは易く、行うは難しですが、このような日本の美意識(美的観念)のひとつである「粋」を現代の「リベラルアーツ教育」にも甦らせ、西欧の教養と日本人本来の遊びの精神、そして江戸と上方両文化に精通する粋人を目指していくことが、私の「粋がいい」=「生きがい」でもあります。
そういう意味でも今年の大河ドラマ「光る君へ」で上方文化の源流・源氏物語を紐解き、来年の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺」で蔦屋重三郎とその周りの江戸の粋人たちの謎解きを、並行して私なりにしていきたいと思っています。 ライフシフト活動で江戸の街歩き「ブラヒデキ」も実施してまいります!
※下の絵は、安藤広重の「亀戸梅屋敷」とゴッホの模写
(著者:藤田 英樹)