学長通信『則天去私』 President's Blog

No.40 冬よ来い! 2025年12月

「冬が来た きつぱりと冬が来た 八つ手の白い花も消え 公孫樹の木も箒になった きりきりと もみ込むような冬が来た 人にいやがられる冬 草木に背かれ 虫類に逃げられる冬が来た 冬よ 僕に来い 僕に来い 僕は冬の力 冬は僕の餌食だ しみ透れ つきぬけ 火事を出せ 雪で埋めろ 刃物のやうな冬が来た」(高村光太郎 詩人・彫刻家 1883~1956) 12月は私の誕生月(ちなみに26日生まれです)。 だからなのか冬は大好きで、毎年12月が近づき、寒さがきりりと増し、身が引き締まる感覚が沸き起こると嬉しくなってきます。 そして例えば、冬枯れの淡い日差しが差し込む窓際で、読書をしながら思索に耽り、時折り高い空を見上げる時間こそが、最大の幸福の瞬間、真実の瞬間と、想えるようなことが、12月には増えてくるのです。 クリスマスや大晦日の足音が近づいてくると、我々はロマンチックな気分に浸ったり、そわそわした気分にもなりがちですが、12月こそ、過ごしてきた一年を振り返り、来年はどうしようと静かに思いを馳せ、考えるのにうってつけの時です。 人は年齢を重ねるごとに、一年が経つのが速く感じるようになります。 私もそうです。 2025年も、年初に昭和換算で「昭和100年」だ! 何か記録にも記憶にも残るようなことを成し遂げようと思いながら、矢の如く時が過ぎていき、時折り、心にぽっかりと穴があくように無為な時を過ごしてしまったと思う日もありました。 でもそんな時でも、「時間」に追いかけられず、そのぽっかり空いた穴を楽しんだり、もっと穴の底を覗き込んだりするという自分の変化に「生きる」手触り感を感じます。 自らの「人生の変化」を前向きに捉え、その変化を自分の手で作り上げていく、自由で型にはまらない「人生の職人」となっていく実感と喜びをかみしめる季節です。 私は講義で「幸福論」を論じ、「上機嫌」や「中庸」の大切さを説いています。 その心のありようは、伸び伸び、のんびりとした冬の光に近いです。
高村光太郎には、冬の詩がたくさんあって「冬の詩人」と呼ばれています。 冒頭の詩は、厳しい冬こそ大歓迎だと歌っています。 この詩を詠んだ時の光太郎はまだ30歳、智恵子と結婚する前年の作品です。 「冬」に象徴される、周囲を取りまく人生の厳しい試練をしっかりと受け止めて、その厳しさに負けずに立ち向かっていこうとする力強い詩です。 私を含め、ミドル・シニアで人生100年時代を生きていこうという皆さんは、今この時、何を受け容れ、何に立ち向かいますか?
 『 冬晴や できばえのよき雲ひとつ 』(岡田史乃 俳人 1940~2019) 行雲流水、そういうひとつの雲と自分を重ね合わせます。
※写真は、私が過去撮った「冬の雲」の写真(箱根、妙高高原、ハワイ・オアフ島)


(著者:藤田 英樹)