学長通信『則天去私』 President's Blog
No.42 軌跡と奇跡 2026年2月
「黄昏の砂浜は歩きづらいが、振り返ると波うちぎわに自分の足跡が……自分だけの足跡が……一つ一つ残っている。 アスファルトの道は歩きやすいが、そこには足跡など残りはしない。」(遠藤周作 小説家・日本ペンクラブ会長 1923~1996 「ただいま浪人」より) 遠藤周作が、ノーベル文学賞の候補者であったことはあまり知られていないが、その代表作である「沈黙」や「海と毒薬」を高校時代むさぼり読み、「わたしが・棄てた・女」に涙した私は、昨年初めて五島列島に旅をした。 そこで、隠れキリシタンが残した教会遺産群をこの目で見て、堂内で静かに祈り、「沈黙」の主人公ポルトガル人司祭ロドリゴの「信仰と棄教」への懊悩にリアルに触れることができた。 私の卒業した高校は、イエズス会が運営するカトリック系の学校である。 ポルトガル国王ジョアン3世により東アジアに送り出されたフランシスコ・ザビエルが、1549年鹿児島に上陸し、日本に初めてもたらしたキリスト教がこのイエズス会派であった。 そして、その僅か6年前の1543年にはポルトガル人商人が種子島に漂着し、鉄砲を伝来させている。 私はこの数奇な出来事を昔習った歴史の教科書の文脈の中だけに留まらせておきたくない気持ちが年々高まり、今年が高校卒業50周年になることをきっかけに、遂に1月にポルトガルを訪れることにした。 日本と初めて繋がった西欧の国であるポルトガルを、遥か海の向こうにある国としてではなく、その大地を踏みしめ、空気を吸い、この目で確かめてみたかったからである。 また「青銀共創」という理念を掲げる我がライフシト大学への思いの集大成として、我が「青」(青春)を培った根っこでもある「かの国」に、「銀」(シニア)の真っ只中にいる我が立ち位置で触れてみたかったのである。 もしかしたら初老の男が、初恋の人に50年ぶりに会うような気持ちであったのかもしれない。 ポルトガルの古都ポルトに着いた私は、足慣らしにまず国境を少し超えてスペイン側に入り、エルサレム、バチカンと並ぶキリスト教・世界三大巡礼地のひとつサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路を歩いた。 四国のお遍路は弘法大師と共に歩く「同行二人」であるが、ここでは瓢箪とホタテの「同行二物」に変わる。 途中、メキシコから来た巡礼者と一緒になり、風雨の中を歩み続け、ゴールであるイエス・キリストの十二使徒の一人ヤコブ(聖ヤコブ、スペイン語でサンチャゴ、英語でセント・ジェームズ)の墓にたどりつき、その像にハグとキスをした(それが習わしらい)。
ポルトに戻り、次に目指したのは、テンプル騎士団の最後の牙城であるトマール。 テンプル騎士団は十字軍遠征での活躍で名を馳せたが、イベリア半島の国土回復運動「レコンキスタ」でも中核の戦士として活躍、また大航海時代にも船乗り・修道士・戦士として重要な役割を果たしたことを知る! ファティマという小さな街では、1917年に起きた聖母マリアの出現と太陽が回転したとされる「太陽の奇跡」(バチカン公認の奇跡)について知る! 奇跡が起きた13日にちなみ、毎年5月から10月の13日には、世界中から3万人を超える巡礼者がこの聖地を訪れるという。 世界は広い、知らないことだらけであった!
そして旅の終わりにとうとう、ヨーロッパ大陸の西の最果てであるロカ岬の突端に立った。 荒れ狂う大西洋の波を見下ろしながら、ここリスボンの地に、1584年はるばる九州から2年半の歳月をかけてやってきた天正遣欧少年使節(伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルチノ)が見たのと同じ景色を眼に焼き付けた。 同時に、この地から勇躍大冒険に乗り出した、ヴァスコ・ダ・ガマ、カブラル、マゼランなどの15世紀から16世紀の冒険家達が水平線の先をどのように見据えていたのかを感じ取った。
「キャリア」という言葉がまだ無い時代、まさにキャリアの語源である「轍(わだち)」をどう残すのかということに意味があったのだろうか? 何を信じ、何を求め、どう生きるのかという未来への「軌跡」=「Trajectory(進路や方向性)」こそが、「Planned Happenstance(計画的偶発性)」のように「奇跡」を起こしてきたのではないだろうか? 更にその「奇跡」の積み重ねが「確信」に変わり、「確信」のエネルギー(熱)の膨張が「革新(イノベーション)」を呼んできたのではないだろうか? 今の私はそう思う。 シニアにおいて「軌跡」を「奇跡」に昇華し、「確信」を重ね「革新」を起こすことも決して不可能でないと妙に納得する自分がいる。 決して小難しい話ではなく、またもちろんオヤジ駄洒落の連発ではなく、「運」と「縁」を味方につける心構えとマインドチェンジこそが、「軌跡 & 奇跡」の物語の実践的な語り部となる第一歩であると考える。 ポルトガルへの旅から帰った私は、「未来志向で歴史を語る」ことの価値を改めて噛み締めている。
※写真は「聖ヤコブ像」「ロカ岬」「発見のモニュメント(リスボン)」

(著者:藤田 英樹)